面白いかどうかは、あなたにゆだねます


“何か面白いことがないかなぁ“と私は日々の生活を送っています。

ここで誤解していただきたくないのは、私の面白いや楽しいは、もしかするとあなたにとって必ずしも同じ感情がわき、思わず笑ってしまうようなことではないのかもしれないということ。

もしかすると嫌悪感さえ与えてしまうこともあるかもしれません。

サル笑顔

という言い訳を済ませたうえで、今回のテーマとさせていただいたのは、“日本語って難しいけど楽しい?”です。

まずは、あなたのハートをキャッチするためにある記事の見出しに一瞬仰天してしまったものがあったので、いろいろな影響を配慮した形に代えて披露しましょう。

男児が全裸で北へ歩く男を目撃!!

これのどこが面白いの?というあなたのために解説させていただきます。

解釈1,全裸のままで屋外に出て、北へ向かって歩く男性(不審者)を男児が見かけた

一般的な文章のとらえ方であり、その記事もそれと一致した内容でした。

句読点をつけると分かりやすいです:

男児が、全裸で北へ歩く男を目撃!!

解釈2,全裸になって屋外で遊んでいた男児が、北へ歩く男を見かけた

全裸になって屋外で遊ぶ男児・・・少し問題がありそうですが、真夏日に見かけなくもない光景であり、普通に北へ向かって歩く男性を見かけた。前者に多少の問題はあるものの、男性には、まったく問題がありません(執拗に男児を見ながらなら問題かも)。日常にありがちな一コマがなぜ記事になるのか。

句読点をつけると分かりやすいです:

男児が全裸で、北へ歩く男を目撃!!

私は、その見出しを見た時、解釈2でとらえてしまいました。

いかに私がマイノリティ(少数派)的な脳を日常的に稼働させ、考え、見た瞬間に判断し、また同時にマジョリティ(多数派)的な考えに修正しているかがうかがえます。

もう少し掘り下げてみると、マイノリティ的な思想に修正ができない人もいると思うのです。

と、この記事を書きながら気づいた私がここにいます(ゆっくり文字に起こす良さ?)。

小ネタチックな差異をその場で処理ができたのなら消化できそうですが、それが消化しきれないまま多発し、積り積もっているのならば、それは大きなストレスとなり、受け止めきれなくなりそうですね。

以前、“言いたくないことは、、、“で取り上げましたが、ブログを書くことによる思考の整理はいいですよ。

やはり、話しがそれてきました(まとめないままタイプしているので)。戻しますね。

その記事、わざとなのかどうかは知りえませんが、日本語で作られた文章と句読点は、切っても切れない関係なのです。

ネット界(二次元世界)に数多く存在する、SNSで軽い気持ちで書いた短文も気をつけないと大変なことに発展してしまいそうです。

SNSについての考え方は、またの機会に詳しく書かせていただきたいと思いますが、今回は、有名?な例を知り合いから聞いたので上げておきますね。

A:明日の遠足、楽しみだ!

B:もうお菓子は買ったかい?

C:確かに楽しみだ!

A:まさかのダジャレかい?

B:www!でどう?

C:買ったよバカヤロー!

A:明日、雨だってよ

C:www

B:え、まさかの中止?神様ー!!

C:既読スルー

A:雨乞いすんじゃねーぞ!

B:Aよ。で、明日雨だったらどうするよ

A:母で車で送らせるゾヨw

C:既読スルー

B:ひでぇ子供だな。かあちゃん泣いてんゾ

A:Bよ。テメェ―はどうすんだよ

B:ボクちゃんもそうする。。。ハ~と

A:Cよ。テメェ―は何で来るんだよ!

C:スマヌ。ちょっとだけチョットしてた。何で?ってひどくない?

B:そうだC。何で来るんだよ!

A:何で?って聞いてるだけじゃん。オオコワ!

B:C。怖いぞ!

と、この中で大きく会話の路線が変わった部分が見つかりますか?

対面会話なら、表情や声の抑揚。電話での会話なら声の抑揚。この二つに共通する大きな利点は、そこに留まり、残らないということです。

SNSでの会話は、絵文字を駆使していくら感情をあらわしたところで文字として残ってしまいます。さらに既読スルー、短文表現などなど。善くも悪くも便利であり、便利過ぎるのです。

その辺りを理解し、子供たちはもちろん、大人にいたっても注意が必要です。

あまりにも慎重になり過ぎると“ウザいやつ”になってしまうのでしょうが。。。

まとめてみます。

どうも日本語は、空気を読まなくしては、誤解が生じやすい言語だといえそうです。それを無理やり短文で表現しようとすることに危機感を抱いてしまいます。

そう。

男児が、全裸で北へ歩く男を目撃!!

                              と

男児が全裸で、北へ歩く男を目撃!!

の句読点をも省略してしまう感じです。

ただ、逆説的に、互いの空気が成立していることが前提であり、その空気感・早さや語呂を使って楽しむこともできてしまうほど、高性能な言語であるともいえそうです。

だから、特に日本でLineが流行るのでしょう。

しかし、一方で、その空気感や早さをとらえきれていないユーザーも存在すると思います。

また、“過ぎる“ことの注意報を発してしまいました(反省)。

どこかうまくまとまりましたw。

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