これは、こうなることと決まっていたのでは?


 

「目の前に準備されたものだけで楽しみなさい」

こんな指示、日常ではありませんよね。

でも、もし“人生は出来レース”、すなわちあなたがこの世界に生まれた瞬間、人生の最期を迎えるまでに至る経緯が決まっているものと考えてみます。

ピクニック

これまでにいろいろな決断をしないといけないことでしょう。

もし、その決断までひっくるめて、すべてが何かに決められているとしてみます。

・入試

・就職

・結婚

・離婚

・出産

・子どもの名前

に留まらず、

・幼稚園のあのお友達との会話内容

・小学校でのいじめ。いじめられ

・不登校の道を選ぶか

・中学校で何部に属するか

・先輩、後輩との接し方

・思わずブチ切れて喧嘩からの絶縁

・その後の仲直り

・電車でいあわす人々

・就職先での上司との接し方

・派閥との付き合い

・仕事がうまくできずうつ病になる

・休職してみる

・復職してみる

・なんとか頑張ってみる

・でもどうしても我慢が出来ず退職

日常にある、あらゆる出来事はすでに決まっているものと考えてみます。それを運命といってしまってもいいのかもしれませんが、今回はあくまで“人生は出来レース”とします。

何かに強く決めつけられているので、逆らうことなどできない気がしてきます。

もしかすると、今、これを読んで下さっている方々の心境は、

「そんなことあるわけがない」

「でも、言われてみればそうかもしれない」

「そういうことなのかも知れない」

様々な感情が湧いてきたかもしれません。そこで何かひとつでも“意思”が見えてきたらしめたものです。そう、その湧き上がる“意思”でさえ“出来レース”のプログラムに組み込まれているのかもしれません。

 今、あなた自身の境遇に納得ができないのなら、それを改善してみることも“出来レース”に従って、意思をもち、決断し、何か行動をするときなのかもしれません。そのプログラムに逆らうのではなく、無理に我慢してしまうでもなく、ただ、身をゆだねて従ってみるだけのことです。

 なんだか、宗教思想のようになってしまった気がしてきたので、おかしな誘導から離れる努力をしてみます。

ううう〜ん。

ムリでしたw。

最近、世界で悲しい出来事が増えてきているように思います。もし、そのような悲しい出来事から離れたいあなたがおられるのであれば、とっておっきの方法を授けましょう。

徹底的に外からの情報を遮断してみることです。

きっとあなたの身の廻りには、平穏(へいおん)な時間が流れており、それを感じ取る余裕ができるはずです。

どうも、今の私には、このような文章しか書けないように思います。今回はいつもの半分ほどしか書けていませんが、最後にひとつだけ書かせていただきます。

 「ここはもうすでに地獄(だとします)です。せっかくの地獄ライフ、あなたらしく、また他人の迷惑にかけない程度に思いっきり楽しく過ごしてみてください」

私のこの記事にたどり着き、それを読み、何か行動してみる。きっとそれもまた、あなたの人生における“出来レース”に刻まれていたのかもしれませんw。

「地獄ライフの楽しい歩き方」とうい著書でも書いてみましょうかねw。

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