幸せアイテム”運命とご縁”とは


なぜなのか分かりませんが、今、私の心がざわめいています。

私とおなじような、そういうあなたが、そうなった時の「ざわめきの抑え(おさえ)方」を考察してみましょう。

要約をしてみるとすれば、ざわめきは運命と縁で乗り切ってみましょうでしょうか。

運命

    考察を始める前に、知っておいていただきたいのですが、私が記事を書く時には、可能な限り時事や私自身の宗教観を可能な限り排して、無限に中立的な内容を目指していることをご理解願います。

   ひとつの記事で偏りを感じた場合は、必ず別の記事でバランスを保とうと心がけているつもりです。

   何かご意見をお持ちであるのなら、コメントをいただければ、客観的なご意見として参考にさせていただきます。

では、粛々(しゅくしゅく)と進めて行きましょう。

  私が、勉強をしていた時、ある講師が言っておられました。

「一切の運命やご縁は、信じないように。また、相手がそれらを信じている場合は、それらから遠ざけさせるように」

それを聞いたその時の私の心もざまめきました。

   主に“傾聴技術”を会得しようと学んでいたのですが、その“傾聴”とは、カウンセラー自身の価値観をまったく相談者に打明けることは許されず、そこにはもちろん“遠ざける”ことなど許容されない。←私見です

   もしも、それを感じ取られたのなら、それはアドバイスとなり、談話や雑談に近しい時間となってしまう。

   と、初期に聞いていたのですから。。。

ある意味、このブログの記事で私見を記すること自体、許されない行為なのかもしれません、それには私自身、うすうす気がついてはいますw

私自身、運命とご縁を信じています。

   それがらあるから、私は現世に生まれ、育ち、今キーボードを軽快に弾いているのだとも。それは、単なる確率という数字でいい表すことはできないように思います。

   なぜ、あの講師は“信じるな派”を唱えた(となえた)のかが、今回の投稿における軸となると考えます。

   おそらく“信じる”ということの個人におけるふり幅が大きすぎることから由来(ゆらい)するように思います。

   せっかくこの世に存在する様々な物事(カテゴリ)のなかで、いくつか、もしくは偏りのあるカテゴリだけを心の底から信じてしまうと、他人から距離をおかれるようになるかもしれません。

   さらにそれらを過信(かしん)してしまうと、他人との距離が見えなくなってしまうことでしょう。

   カルト教と呼ばれるのは、信者の方を家族や友人などの立場から客観的に見た時に、距離がある場合の呼称である分かりやすい例だと思います。

   だからカウンセラーという業界としての見解を示す場合、運命やご縁は信じないと言っておいたほうが無難(ぶなん)なのでしょう。マイノリティ(少数派)な思想の持ち主をつくり出さないためのある種の伏線(ふくせん)”でしょうかね?

   しかし、私は天邪鬼(あまのじゃく)。

おかしなスイッチが入ると、枠や型にはまることを嫌います。自身の思想を無理に型にはめることこそ、最大のストレス源になるのですから。。。

   この“運命やご縁を信じる”ということの度合いを測るのがとても難しいことも知っています。

   “運命やご縁”は包括的(ほうかつてき)にみると、陰(ネガティブ)のカテゴリとなりうる危険性もありますが、もし、(ポジティブ)にとらえることができたのなら、これほど優位なものはありません。

   では、ポジティブに“運命やご縁”を信じる(ことを利用する)には、また、その例をいくつか探してみましょう。

A,利用方法

・あなたに降りかかる、善いこと都合の悪いことすべてをいったん信じてみる

まずはインプット(入力)してみることが大切です。俗にそれを“学習”とも呼ばれています(鵜呑みしてみるとも)。

・吸収すべきか反射的に振り分ける

経験や学習を積むことで、自己や社会通念(常識)を知ることによって、会得すべきか、拒否すべきか、逃避すべきか、または止めるべきか判断ができるようになります。もしかすると予感も、そこから来ているのかも知れません。

・失敗はありえないと思いこむ

人生において失敗はありえません(思いこみ?)。それは、思ってもいなかった結果や経過であり、経験の一部でしかありません。悲観は大敵です。

・経験を整理する

パソコンでいうと、膨大にたまったデータ(経験)の整理整頓をすることです。

それにより、あなたにとって都合の悪い結果に結び付きそうな予兆を素早く察知することができます。他方、あなたにとって都合の良さそうな予兆にもいち早く気づくことができます。

一般的には、睡眠時に脳内で自動的に行われ、”忘却(ぼうきゃく)する”と表見されることもあります。

B,たとえ話

・あの時にああしておけば良かったのに。。。

→今のあなたが存在できているのは、あの時にああしておかなかったおかげです。

・〇-〇の馬券を買っておけばよかった。。。

→今のあなたに大金は毒なのかもしれません。

・結婚して後悔。。。

→離婚するのは簡単です。結婚生活を維持できた先にいいことが待っているかもしれませんよ。

・宝くじで大金ゲット!

→大きすぎる儲け話しを持ち掛けられます←要注意!!

・受験した先から合格通知が届いた!

→おめでとございます。

まとめます。

   知人とのお別れ、大病、周囲からの嫌がらせを受けた、過度の内省(ひきこもり)、不遇を受けた、大失態、出会い、成功、決断、そして自死。

   人生に起こるすべての出来事に対する言い訳もできてしまう“運命とご縁”ですが、元気を消耗させてしまった時や、今までの人生を振り返った時の岐路、そして現状打破、それらも含めて、運命によって定められ、ご縁によってもたらせられた結果だと思っています。

   まっすぐにしか進めないレールの上に乗っていそうですが、ルートを変えるのも運命なのかもしれません。

   失ってしまったあと、どうにもならない時には、とにかく“運命論”を発動させて、可能な限りポジティブに受け入れてみましょう。どのみち現実の受け入れ拒否なんてできないのですから。

 

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