今回は、私の“イジメ・イジメられ”について開示も含めて振り返ってみたいと思います。
そこにはどこか規則性があったようにも思います。現在、イジメられていると思っているあなたの参考になればと考えますが、とにかく頭の中がまとまっていないので、書いてみないとどのような文章になるのか予測ができません。という言い訳を最初に入れておくと気が楽になります。

では始めてみましょう。
・初めての“イジメられ“を感じた
小学校1年生の時の、驚くなかれ、それは担任の女性教師からでした。せっかくそれなりにやってきた宿題のノートを教卓に叩きつけられるは、真っ二つに引き裂かれるは、それも教室のみんなの前で。。。とにかく私は萎縮していく自分の気持ちを感じていたことを覚えています。なぜ、そんなことをされたのか、察しはついていました。その先生に“○○○○○○・○○・○○○”とあだ名をつけ、ご本人の前で言ったのかな?その後、登校することがいやになり、母に原因を吐かされました。母と学校に行き、話し合ったのかな?記憶がありませんが、帰りに「あれは確かに“○○○○○○・○○・○○○”だわ。あんた結構いいセンスしてる」という言葉をもって、少しスッキリしたような気がします。その後すぐに、それとは関係なく引っ越しすることになり、その先生とは離れました。今でもお元気にされておられるでしょうかね。ジャイアント・ブス・ゴリラ。
・初めての“イジメ”
その後、小学3年生までは、何事もなくというか、インパクトのある教師陣のせいでイジメの記憶はありません。よろしければ、次の機会にでも私を見て下さったバラエティ豊かな担任の先生陣をご紹介でもさせていただきましょうかね。
戻ります。小学4年生の時です。男子3〜4人(自称:どんぐり合唱団)で女子数人をイジメてしまいました。内容は控えますね。けれど、ひとつの出来事でそのいじめは解消しました。女の子のひとりが泣きだしたのです。「おっと、これはやり過ぎた、大人(先生)が入ってくるかも」と思いましたね。それから、被害を与えてしまった女子たちに暗に謝り、仲直りしてくれました。
・さらに“イジメ”
小学6年生の時です。おとなしく几帳面な男子がいました。クラスには派閥はなく、ひとつのグループしかありません。当時の私の立場を現在のスクールカーストに置き換えると、上位1〜3番目でしょうか。ここで順位に幅があるのは、それぞれ得意分野(属性)があり、何かの時にはアイツが、こういう時には私がトップなるのです(解説不要ですね)。で、そのおとなしい子を引き込みたくて、1対1でイジメてしまいました。内容は、握手と見せかけて、後ろ手に回し、腕を固める。の繰り返しで、弁明のつもりではないですが、物理的な痛みは与えていません(つもり)。でも毎回「やめろやー」の声が聞きたくて、また彼もそれに付き合ってくれました。ある意味、大人らしい子だったのかもしれません。それにピリオド打つ出来事もまたありました。当時の担任の先生、時々“みんな100点”という算数のテストで50問100点満点を採ることができるまで同じテスト問題で追試、という恐ろしい制度を繰り出します。放課後に1日一回行われるそのテスト、何度目かには私ひとりになってしまいました。当然、丸つけも私の目の前で行われます。○、○、○、○、○、ドキドキしてきたとたん、×、○、×、○。。。。先生優しくにらまれたものです。あの時にもっと空気が読める子だったら、その言いつけを守って“カンニング”していたのに。。。まぁ、折角作った50問、あれだけ有効に使えれば締めたものたったでしょう。
戻します。その数回の追試の時に、もう一人の友達と廊下で待っていてくれたのです。照れくさくって、合格できた時には、何も言えませんでしたし、何も言ってきませんでした。その後はもちろん、一切何もしていませんし、仲間にもはいってくれました。今さらだけど“ありがとう“。
*彼のことは以降にも登場しますので、仮に天空人とさせていただきます。
・よっ!大将。
中学校1年生の夏休みには、すでにクラブのキャプテンになると意識していました。というより、なってしまうとも自覚していました(妄想?)。そんな子供だからでしょうか、入部間のない自己紹介の時には、今後の個々のありようを想像(妄想?)できました。その後、ライバルの蹴落としや足を引っ張りそうな人物に目を付け、優しくイジメ、私の傘下に引き入れていきました。ヒドイ言い方ですが、本当に優しくですよ。例えば、私がムカッときたことを言われたことがありました。その時、25人中6人(私も含め4人がスタメン)は同じ方向に帰宅しており、学校から解散場所までの30分間は取り留めのない話しや、クラブ内の雰囲気について熱く語っていました(類語:ただの陰口)。そこで、議題に上げるのです。
「○○にこんなことを言われた。何とかする?」
「いいど、なにするの?」
「一番キツイ、イジメって何か知ってる?」
「何か隠したり、悪口を言ったり?」
「違うよ。無視。これが一番効果的、でも、徹底するために期間を決めておこう。そのうちにアイツが変わったら許してあげる。OK?」
「OK」
その時は、私たち6人から1週間の無視のみです。その間、ほかの19人ほどは普通に付き合いを続けています。逃げ所は残しておく、ね、優しいでしょ。許すも何もないのですが、その後はすっかり仲間入りしました。でもその子、2年生の先輩にも嫌がらせを受けていたらしく、いきなり鉄の棒を振り回して、その先輩を追いかけはじめたのです。叫びながら。泣きながら。。。私に相談してくれれば、何となく上手く回避できたのに。。。その後のケアもさせていただきましたよ。
学年2年生になり、キャプテンに選抜されました。選挙式ではなく顧問の先生の指名ですよ。
「この顧問、あなどれない」
と感じたころには、クラブ内の人間関係が丸見えで、完全掌握ができていました(試合には完敗)。しかし、それを真の辺りにできたのに嫌気を感じ、やる気スイッチは“Off”に切り替わってしまいました。
・天空人君が危ない
中学3年生になったころでしょうか。天空人君とクラスが一緒になりました。ある男子(仮に一般人)が天空人君を以前の私のやり方と同じように、というかもっと強くイジメ始めました。それを見かねた私は、一般人君に対して、
「やめたれよ!」
と、何度も横から割って入りました。その時の私のカースト順位は中の上まで降下してしまっていましたが、一般人君と同格だったから割って入れたのです。
ただ、今、思うに「やめたれよ!」は天空人君からみると上からものを言われているように感じていたでしょう。せめて「やめとけよ!」とするべきでした。もう一度、謝らせてください。天空人君、ごめんなさい。
このように、同級生が群がると、優劣が自然にできてしまいます。そのうち派閥もできてきますし、いつでも自分の派閥と順列を意識し、それ相応の態度でのぞむ必要があると思います。言い方を変えます。うまく見極めることができると、ほんの少しのきっかけで、順位を上げることが可能です。そういった意味で、不登校となってしまうと、自分の順位が分からずに、困ってしまうことでしょう。学校に行けていないあなたはせめて、信頼できる学校のお友達に手紙でやり取りを始め、情報の収集とそのお友達との絆を保つ努力をしましょう。
こんな経験をし、その時々で考えてきた私です、何かのときにお力になることができるかもしれません。
スクールカースト、、、怖いですね。
高校時代については、またの機会とさせていただくとともに、いつもより1,000文字もオーバーしてしまったことと乱文につき申し訳ありません。